どこココ <関東エリア限定>の厳選情報。365日お出かけスポットに迷わない!遊ぶ・楽しむ・観る・体験する楽しさ…>

関東の人気旅ライターが厳選!関東エリアでおすすめの遊ぶ・楽しむ・ランキング!観光やグルメ、人気穴場スポット情報

新橋駅の由来や誕生、新橋駅周辺の居酒屋街の歴史。

「新橋」の名前の由来

1601年(慶長6年)に今の港区芝一丁目あたりに新しい東海道が誕生しました。

1604年に増上寺前の海辺を埋め立て、新しい東海道を日本橋の方へ延ばした際に今の港区の北東端に、「新しい橋」が架けられたと言われてます。

新しい幹線道路の延長という意味で「新橋」の名をつけたか、あるいは汐留川に架かるいくつかの橋の中で「より新しい橋」という意味で命名されたのではと言われております。

1710年(宝永7年)に新橋は「芝口橋」と名称が変更。橋の北側を新橋というようになりました。

「新橋駅」の誕生はいつ?汐留駅は元々、新橋駅だった!?

1872年(明治5年)には橋の名前を芝口橋から新橋に戻し、日本の鉄道の起点である「新橋駅」(旧新橋駅)が誕生しました。

1909年(明治42年)、旧新橋駅の横に「烏森駅」(現在の山手線新橋駅の場所)として山手線が開業。

1914年(大正3年)には烏森駅は「新橋駅」と名前が変わり、1872年に誕生した新橋駅(旧新橋駅)は「汐留駅」になりました。

新橋駅周辺の町の歴史

明治時代の初めから新橋駅がありますので「新橋」という地名も古くからあると思われますが、関東大震災後の復興に伴い町名整理で初めて「新橋」という町名が誕生します。
ここは戦後の大衆闇市が隆盛を極めたエリアです。闇市は終戦から数年でGHQによる規制によりだんだん姿を消していきましたが、さまざまな商店街や居酒屋街として残っていくことになります。(現在でも、駅前のニュー新橋ビルの地下を歩くと、その頃の名残を感じることができます。)新橋は早くから鉄道が開通しアクセスが良かったことも大きく影響したと思われますが、戦後必死に生きる人々の活力が、現在の大ビジネス街や飲食街を生み「サラリーマンの聖地」とまで呼ばれるエリアにまで発展させたといってもいいでしょう。

新橋駅周辺の大衆酒場街(居酒屋街)の歴史

新橋の大衆酒場(居酒屋)街の歴史を語るうえで大切な物語があります。

明治時代に新橋で鉄道建設をしているとき「たぬきの巣」が見つかり、そこに3匹の子だぬきがいました。当時の作業員は子だぬきのために小屋を作ってやりました。やがて子だぬきが巣立っていき、その小屋には人が集まるようになりお酒を楽しむようになります。
以降、小屋の周辺に大衆的な酒場、飲食店が並ぶようになり、「狸(たぬき)小路」と呼ばれる酒場街になります。その後、狸小路は無くなってしまいましたが、名残りを受けた新橋駅烏森口側にはその後多くの居酒屋、飲食店が軒を連ねるようになりました。さらに、銀座口、汐留口側にも飲み屋が広がり、現在の「サラリーマンの聖地」と呼ばれる大衆酒場のエリアを作っていったのです。

新橋の歴史を知った後は、最新の「今の新橋」を楽しむスポットに出かけてみよう!